第1回 ノーノー選手権開幕

ブタペスト&ウィーン備忘録②

 

前回からの続き

 

シェーンブルン宮殿

ウィーン1の観光名所なので、混雑を避け朝一で内部観光ツアーに向かった。それでも入場口は異様な込み具合で、事前に指定した時間内に受付に辿り着けなかった。しかし、受付のアジア人お姉様の計らいで入れてもらえることに。

観光ツアーは一方向のルートを日本語音声ガイドを聴きながら進むというもの。1部屋が10秒ぐらいで通り過ごせる大きさであるのに対し、ガイドが1分程度ある為、部屋毎にかなり混雑していた。ただ部屋を眺めるのではなく、ガイドによってその部屋の意味や背景を知ることが出来るのは素晴らしいもので、1時間程度のツアーの密度はかなりのものだった。

宮殿はハプスブルク家の趣向がこれでもかと反映されているそうで、どの部屋も豪華絢爛、心躍るものだった。撮影禁止なのが悔やまれた。

 

宮殿内部ツアーの後は、庭園にある丘を登り、グロリエッテと呼ばれる建物に向かった。丘の上からの眺めは絶景で、宮殿・庭園の大きさを知ることが出来るだけでなく、ウィーン市街地を一望できた。

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丘の上からの眺め

宮殿には動物園等、他にも観光スポットがいくつかあったが、宮殿内部ツアー・丘登りでかなりの体力を消耗した為、日本庭園だけを見てレストランへ移動した。

 

②レストラン

レストランでは炭酸水とステーキとパンケーキを注文した。

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ステーキ

ステーキはやわらかい子牛の肉にゲロまず野菜が添えられ、その脇に世界一不味いソース(画像左部 白色ソース)と世界で2番目に不味いソース(画像左部 緑色ソース)と世界で1000番目にまずいソースがあった。

世界一まずいソースはワサビにリンゴが混ざってしまったもの、世界で2番目にまずいソースはほうれん草の苦みのみを抽出してしまったものだった。後に調べたらオーストリア名物の「ターフェルシュピッツ」という料理らしく、そもそもステーキではなかった。

 

③ウィーン中央駅周辺

ブタペスト行きの列車までに時間があったので、ウィーン中央駅付近を散策した。近代的な企業オフィスと歴史ある建物の軍事史博物館が楽しめ、ウィーンの歴史とGDPを同時に感じることが出来る激渋スポットであった。

企業オフィスはガラス張り&凹凸のデザインが多く、日本ではみることのない洗練されたものだった。

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超大企業エルステのビル

 

ブタペストへ戻る列車では、また僕たちの指定席に知らない人が座っていた。どいてくれなかったらどうしようと思った。

 

おわり

 

 

G_G_G.D.P

ブタペスト&ウィーン備忘録①

 

 

折角海外旅行に行っても数カ月もすればどこに行って何をしたか等が思い出せなくなってしまうので、備忘録を作成した。

時系列順に行先と詳細を記した。

 

①リスト・フェレンツ国際空港

フランクフルト経由で23時頃到着。

空港の周りには何もなく、暗闇に包まれていた。空港からホテルまでは徒歩圏内で、工事現場に囲まれた一本道を通って到着。

風呂には、シャンプー・ボディーソープ・洗顔・手洗い石鹸の全てを果たす夢の様なアメニティが置いてあった。とても怖かった。

 

②ブタペスト東駅

空港からシャトルバスを使ってAstoria駅へ移動。そこから徒歩でブタペスト東駅に向かった。30分間シャトルバスに揺られたが、市街地に入るまでの20分間程度はひたすらにさびれた街並み(窓ガラスが割れたままの建物、落書きされた壁等)が続いた。

Astoria駅につくと歴史が感じられる都会の景色がみられたが、漂う雰囲気はさびれたものだった。ボコボコの歩道、活気のないお店、薄汚れた車等が古い建物にマッチして日本では感じられない不安な気持ちを呼び起こした。(実際は全然治安悪くなかった。すみません。)

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Astoria駅~ブタペスト東駅間の街並み

ウィーンに向かう列車に乗ると、事前に指定してた僕達の席には知らない人が座っていた。その原因はブタペスト⇔ウィーンを結ぶ列車の座席システムにある。日本とは異なり指定席と自由席の車両が分かれていない為、早めに来た自由席民が指定済みのシートに座ってしまうのだ。対策として指定済みのシートの上部(網棚の縁のとこ)には指定席民が乗る区間が表示されるが、それが活かされることはないようで、指定席民の「my seat」が連発していた。その為、出発前は指定席民と自由席民の席交換で通路がごった返した。

 

ウィーン国立歌劇場オペラ座

ウィーン中央駅から地下鉄でホテルに向かい、荷物を預けた後、再び地下鉄でKarlsplatz駅へ。オペラ座内部の日本語観光ツアー受付まで時間があった為、商店街近くのレストランで昼食をとった。ウィーンは明るい街で、建築様式はブタペストと変わらないのに、建物の補修具合、通りの活気、人の多さでこんなにも雰囲気が違うのかと驚いた。

オペラ座観光ツアーの参加者は40人くらいで、2チームに分かれて行われた。1チームにガイド1人がつき、内部を案内してくれた。現地のガイドさんは日本語がとても流暢だったが、オペラを知らない僕は言っていることがほとんど理解出来ず悲しかった。他の参加者はオペラ好きのマダムばかりで、日本のGDPの1%がそこにあった。

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オペラ座内部

ツアー中、1人のマダムが画像中央のボックスでオペラ鑑賞経験があると突然語りだし、上級国民流のマウント劇がオペラ座で繰り広げられていた。怖かった。

 

④ホーフブルク宮殿・国立図書館

これ以降のウィーン旅行はハプスブルク家の歴史を学ぶものだった。

宮殿は外観のみの見学であったが、ハプスブルク家の住居にふさわしく、豪華絢爛な装飾とかなりの大きさであった。庭園には皇居ラン的な女性が走っていた。

宮殿に併設されている世界一美しいといわれる国立図書館は世界一美しかった。図書館が観光名所になっていて地元の人はどうしてるんだろうと思っていたが、貸し出しはやってないようで、そもそも借りていいレベルの本は置いていなかった。

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国立図書館

 

⑤シュテファン大聖堂

後日ハプスブルク家の歴代君主の墓所であることを知り、きちんと勉強しないで観光したことを申し訳なく思った。

内部はとても広く、夜だが人であふれていた。調べれば調べるほど由緒ある場所だった。

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大聖堂外観

 

夜ご飯はホテル近くのレストランでくそでか胃もたれカツレツを食べた。夜でもウィーンは安心して歩けるほど治安が良かった。

 

おわり